
(杓子山山頂より…富士山がとにかく大きかった)
【山行日】 2025年05月18日 (日)
【使用公共交通機関の詳細】
「鉄道」
中央線某駅 - 06:19 大月 (JR中央線各駅停車)
大月 06:32 - 06:59 東桂 (富士急行線)
「歩行」
東桂駅 07:05 - 08:10 御正体神社
御正体神社 08:20 - 09:25 242号鉄塔
鉄塔 09:40 - 10:45 1360m地点
1360m 10:55 - 11:55 鹿留山
鹿留山 12:10 - 12:50 杓子山
杓子山 13:00 - 14:00 1292m峰
1292m 14:10 - 14:40 向原峠
向原峠 14:55 - 16:35 寿駅
「鉄道」
寿 16:45 - 17:25 大月 (富士急行線)
大月 17:30 - 中央線某駅 (JR中央線 快速東京行き)
【地形図】 「都留」「御正体山」「富士吉田」
【参考図書】『静かなる尾根歩き』 松浦隆康著 (新ハイキング社)

(杓子山から向原峠への下りではイワカガミが見頃でした)
GW後半は、直前の2日に、ごく軽い左足ふくらはぎの肉離れ初期症状(?)を発症して自重。衣替えやコンタクトレンズの購入などしておとなしくしていました。次の週末もまだふくらはぎが張る感じが取れず、ようやくもう大丈夫と思っていたところが、今度は土日とも悪天予報で、おい、このままだとまた5月は山行きなしの更新なしという最悪の事態だぞ、とがっくり。
しかし直前になって、日曜は天気が好転と予報が変わり、満を持しての早起きで、行先は、(午後の大気の状態が不安定という予報もあり)、エスケープがたくさんある、鹿留山北尾根〜杓子山経由で倉見山というプランに当日早朝の発雷確率予報を見てから決定。
このコースは松浦本『静かなる尾根歩き』にも掲載されているコースですが、ここを歩いてみたいと思ったきっかけは、文台山から尾崎山と歩いたときに、鹿留山の北尾根に見惚れたという、あの山から見たこの山という連鎖(連鎖にしてはかなり遅い反応ですが(笑))。
松浦本のスタートは、谷村町からタクシーで御正体神社ということですが、富士急の初電に乗れ、懐具合がよろしくないワタクシは当然、東桂駅から歩きます(笑)。ここも例によってデマンドタクシー(要予約)があるようですが、東桂駅から砂原へ行く便は11:45発の12:00着で当然使えません。

「昔は平日なら都留市駅から砂原行のバスがあったんだよなぁ…」などと年寄りの繰り言を言っても仕方ないと、歩き始めます。鹿留入口から想像よりずっと陽当たりの好い広い車道を黙々と歩くのですが、予報通り、この日は朝から暑い暑い。陽射しはもう完全に夏です。
デマンドタクシーの停留所はかつての富士急バスのバス停と同じ丸型に緑と黄色で、倉見山登山道入口の案内が「宮下」という停留所にあり、400m先に案内板とともに登山口の標識が現れます。

その先、今宮神社、大沢橋、門原などの停留所が見つかりましたが、時刻は掲載されておらず、砂原に至っては停留所も見つかりませんでした。「11人乗り以上の大型バス通行禁止 山梨県」という例の標識が現れ、その先が昔の転回場所のような敷地になっていたので、このあたりだったのかな、と想像を働かせ、実際そこから先は道幅も狭くなっていきました。
更に歩いていくと馬頭観世音のある神社(赤い鳥居です)がありますが、これは手前の大山祗命神社で、御正体神社はさらにその先です。御正体神社は赤い鳥居の真ん中に「御正体山」とあり鳥居の右に立派な石柱があって「御正体神社」と記されています。

松浦本では取付きは神社の角の未舗装道とそっけなく書かれていますが、神社の角にはそのような道路はなく、「歩くことになる」と書かれた「破線路」ではなく地形図の「実線路〜破線路」は、閉じられたゲートの先を右手に上がっていく未舗装道です。ゲートの手前には登山者に「入山者の心得」なる鹿留財産区の注意を促す標識もあったりして、少々まごつき、おまけに、拝殿で登下山の無事を祈ってから、鳥居を再度くぐって、車道に出てから取りつき直したのですが、結局、その未舗装道路はお祈りした社殿のすぐ脇を通っていて、無駄な時間を費やしてしまいました。
なお、このゲートは落石の危険があるため、一年中閉じているようです。シキリ尾根など行く予定の方はここより先は車で行けませんので、ご注意ください。

その後は松浦本通りで、涸れ沢を渡り返して、「山道に入る」とあるのは「巡視路に入る」という意味のようでした。堰堤そばの枯れ沢を渡ったのち、踏み跡を追うと巡視路でよく見られるゴム製の階段が現れます。
そして、243号と242号の分岐というのも現在ではわかりにくくなっていて、「緑を大切に」の支柱にかろうじて243号の文字が判読できる程度です。地形図で見れば右上の急斜面を登っていかないと目的の尾根には上がれないことはわかるのですが、242号の文字はどこにも見当たりませんので、登りとはいえ地形判断が必要な地点です。
踏み跡を追っていけば、再び巡視路特有のあのゴム階段が見つかりますが、尾根に上がるまでは崩落箇所があったり、ゴム階段が土砂に埋もれていたりで、踏ん張りも効かず結構難渋します。松浦本では神社から242鉄塔まで45分となっていますが、私は70分近くかかりました。ずっと植林で急傾斜、面白くも何ともない道のりです。
今は植林が育って、鉄塔ではほとんど展望はなく、少し先の小平地(1000m付近)で水分補給と残りのサンドイッチで一息入れることにしました。
休憩後は尾根歩きとなりますが、最初は先ほど来の巡視路階段があったりします。片側は植林のままで、自然林百パーセントとなるのは、1200mあたりからやっとでした。

ヤマツツジも彩を添えてくれて↑、やっときれいな尾根を歩けるようになると、今度は傾斜が急になって、息を整え、立ち止まったり登ったりという、(お酒は飲んでいないものの)なんともメートルの上がらない登り方(笑)が続きます。
松浦本にもある大岩を左に巻いて、新緑を愉しむと行きたいところですが、この角度の傾斜で直登というのは足が上がらず、ときおり振り返り見ると、よくもこんな斜面を登ったものだと自分でも呆れ返ります(笑)。

それでも、トウゴクミツバツツジ↑が現れて目を楽しませてくれるようになると、これならこの尾根を登ってきた甲斐もあったものだと、兎にも角にも今日はここに来てみてよかったと思い直します。
急登が収まった1360mあたりで、先程の鉄塔から1時間余経過していたので、ひと休み。この高度になっても時間とともに気温が上昇したらしく汗びっしょり。二本目のスポーツドリンクに手を付けてしまいます。
休憩後、大きな岩の真ん中を抜けて登っていきますが、すぐまた、今度は前以上に厳しい角度の登りに見舞われ、本当に足が上がらず、ペースも上がらない感覚。。。この時点で、予定していた倉見山は今日はカットしたほうが良さそうだ、やめておこうと早くも弱音を吐きます(笑)。
1500mで登りきったところで見つけた恩賜標石の番号は161で、そこから南東に向きを変えて進んだ先に162と163(こちらには境界見出標の立札あり)という感じでした。

(鹿留山北尾根上部はトウゴクミツバツツジが群生)
で、その先はまぁまぁの傾斜で新緑とトウゴクミツバツツジを楽しみながら歩けていた↑のですが、唐突に例のあの「-登山道-」の標識が現れ、神社からここまで目にしませんでしたから、「なんだこれは!」という感覚。おまけによく見る左右矢印はなく、棒線が下に引かれていて、首をかしげるばかり。。。無責任というより、ここにこれを設置した意図が全くもって理解できません。
このあたりはブナも現れ、トウゴクミツバツツジがまだ蕾状態だったり、鈴なりだったり、樹によってまちまちだったりして、とても雰囲気の良い場所でしたが、この標識を目にして気分を壊されかけました。

(ブナが出てくると山頂は近い…)
気を取り直して、ゆるゆる登っていけばやがてやっと鹿留山。時刻はちょうどお昼前でしたが、山頂には誰もおらず、おそらくはハイカーでいっぱいの杓子山だろうからと、三角点にタッチしてここで昼食としました。山頂にも例の「登山道」の標識がありましたが、もう勝手にせい!という感じで無視(笑)。おにぎりタイムとしました。
鹿留山の山頂は展望はありませんが、ブナの巨木があり、静かにランチするなら、こちらのほうがおすすめです。
腹ごしらえが済んだら、杓子山へ向かいます。鹿留山・杓子山はこのブログを始める前の2000年の11月末以来。内野から立塚峠を経て鹿留山・杓子山と歩き、不動の湯に降り、不動の湯で日帰り入浴後、お客さんを送り届けたタクシーの運ちゃんに千円でいいから駅まで乗っていかない?と誘われて応じたことはよく覚えているものの、杓子山の山頂以外ほとんど記憶から消し飛んでいて、鹿留山〜杓子山の稜線がこんな素敵な道のりだとは、全く気づいていませんでした。
稜線からは、山中湖に続き、本当に大きな富士山が何度も見られるのはもちろんですが、この季節はこれまでのトウゴクミツバツツジのほか、足元にはキスミレ、バイケイソウ、そしてこれはシロバナノヘビイチゴではないかと思いますが、本当にいろいろなお花が目を楽しませてくれます。

杓子山山頂は、パーティが数組で、ベンチも空いていたので、私も腰掛けて、少し眺めを愉しむことにしました。『山梨百名山』(山梨日日新聞社)によれば、杓子山は周辺で1500m以上ある峰々の中では一番近くにある山で、直線距離で15kmしか離れていないのだそうです。
記憶を頼りに言えば、山頂のベンチテーブルは木製だったのが今は金属製になっているのと、なんとかいう「鐘」が設置されて、打ち鳴らせるようになっているのが25年前と違っている点でしょうか。
ひときわ高くそびえる鹿留山を振り返り見たら、下山開始です。とはいえ、不動の湯方面ではなく、とりあえず、向原峠まで行ってみて、そこで残り時間と足腰と相談という感じ。。。
向原への分岐はすぐ現れて、向原方面を指し示す板切れは地面に落ちています。松浦本でも注意書きがあるように、ここからはかなりの角度で急な下りが続き、途中岩場もあります。そして、エアリア(山と高原地図)で赤の破線になっている通り、気をつけていないと見逃してミストレースしてしまいがちな箇所が峠までのあいだに二箇所あります(ミストレースした踏み跡がかなり濃い)。
新緑にトウゴクミツバツツジが映える素敵な尾根ですが、圧巻は岩場になって結構おっかない思いをするあたり。。。そうです、ここはイワカガミがあふれかえるほど咲いていて、踏みつけないように、しかし自分の身は確保しつつゆっくりと写真に収めながら下っていきます。

(咲いている区間は短いが、ものすごい数のイワカガミ)
幸い誰も来なかった(というか、この尾根で逢ったのは元気な挨拶をくれた若い男子一人だけ)ので、時間をかけて写真を取ることができ、結果的に安全にゆっくりと通過できました。
1292手前の鞍部まで降りて、100mほどの登り返しが、この日一番絞られたところ。。。余力があるときならば、途中で挫けそうになる気持ちも湧かないのですが、この日は、ああ、こりゃもう向原峠から降りるしかない、無理はよしとこ…と、足も身体も重くていうことを聞かない感じ…。新緑は美しくトウゴクに代わってヤマツツジの朱色が映える道のりも、下ばかり見ていて、足元の萎れかけた小さなチゴユリの一輪に気づいてしまうほど(笑)。

(ヤマツツジと新緑が美しかったがとにかく足が上がらない(笑))
ようやく登りきった1292m地点で、杓子から1時間ほど経過していたこともあり、水分補給を兼ねた休憩。用意してきた水分合計2Lも残り300mlほどになってしまいました。。
向原峠に降りると、予定時間より30分ほど遅れているだけでしたが、壁のようにそびえて見える倉見山を前に、最後に残っていた「やっぱ登り返していっちゃおうか…」という気持ちは完全に消え去りました(笑)。というか、このコース取りで、ここから倉見山越えて長泉寺までアップダウンをさらにこなしてしまう松浦さんの足腰って、いったいどうなってんだろう?という感想(笑)。
向原峠からの下山は、最初の出だしから尾根に移るまでが、一部登山道が崩落していてわかりにくくなっていますが、尾根道に出てからはとても下りやすい角度のしっかりした道になります(ただし、こちらは植林だらけです)。

30分ほどで無事 明見根元神社↑に降り立ち、その後は車道歩きだけと思っていたのですが、未舗装林道はかなり荒れていて、おまけにその道が舗装に替わったところで、やれやれ無事下山したと思って歩いていたら、近くで農作業をしていた民家のひとに呼び止められ、「そこまっすぐ行くと川になっちゃうから、少し戻って脚立でこっちの道路に上がってきて」と言われ、そのとおりにして先を歩くとまさに言った通りで向かっていた先は、結構な川になっていました↓。

で、その先も、しばらくは道なりに行けばいいだろうと思って、富士山の眺めが素晴らしい町なんだなぁと羨ましげに見とれて歩いていたら、少々間違った方角に進んでしまっていたらしく、公会堂前というバス停にいきなり遭遇、しかも10分ほど前に土日祝日に運行されている富士山駅(旧富士吉田駅)行きバスの最終(15:45)が出たばっかりということに気づくおまけ付き(笑)。

ああそういえば、昔の登山バス時刻表に「富士吉田駅-公会堂前」というのがあったっけ、と妙に懐かしく思い出してしまいました。
すぐ近くに酒を商うお店があったので、ビールを購入するついでという感じで、寿(ことぶき)駅への道を確かめてみたところ、丁寧に教えてくださり、寿駅まではビール片手に(笑)迷うことなく、ほぼ最短でたどり着きました。なお、先程のバスに乗った場合、寿駅前にも寄るらしく、寿駅前の時刻表によれば8分後の15:53に到着可能ということのようです。
寿駅到着は16時半過ぎ。しかし時刻表(駅の中にあります)を見ると10分ほどで大月行が来て、大月でも5分ほどの乗り換え時間で12両の快速東京行き。行きも帰りも乗換なしで余裕の着席。気分良く家路につくことができたのでした。
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